COCOHE MUSICALの代表内田奈津子の経歴について少しお話します
こんにちは。港南区のピアノ教室 COCOHE MUSICAL 代表の内田奈津子です♪
今回はCOCOHE MUSICALの代表内田奈津子の経歴について少しお話をさせていただきたいなと思います♪
どのように音楽を初めて、どのようにしてこのピアノ教室開講にたどり着いたのかを簡単にですがお話をさせていただきたいと思います。よかったらお付き合い下さいませ♪
私は生まれも育ちも横浜市港南区です。
小さな頃からこの土地で育ってきました。
今ピアノ教室があるところにはその昔八百屋さんがあったんですよ♪
もうすっかり変わってしまいましたけど。
私は幼少期からピアノを学び、高校ではマーチングバンド部に所属
音楽とは切っても、切れない関係でした。
高校卒業と同時にミュージカル俳優を目指して、ミュージカル専門学校に進みました。
そこでは歌はもちろん、ジャズダンス、バレエ、タップダンス、芝居の勉強などをしていました。
2年で卒業して、ミュージカル俳優を目指しながら、個人的にとても素晴らしい歌の先生に歌をレッスンしていただくことになりました。その先生に「声が良いからオペラを歌ってみたら?」と進められ20歳過ぎた頃からオペラの勉強をはじめたのです。
オペラの世界は私にもとても魅力的な世界で、学べば学ぶほどその魅力に引き込まれていきました。
もっと本格的に勉強したいという事になり、
イタリアに留学することになりました。
ミラノというまちにいる、私の歌の師匠のさらに師匠に教えていただくことになりました。
「声が良いから今すぐイタリアにいらっしゃい。教えてあげるから」と言われ意を決して単身イタリアへ。
24歳から2年間、ミラノ音楽院と個人的に先生について勉強をしました。
それが2001年のことです。
ちょうどその頃、インターネットというのが普及し始めた頃でした。
私はいち早くインターネットを使い始め、ホームページの制作を独学で勉強していたのです。
そこで私はミラノでの生活やミラノの様子を独自に立ち上げたホームページを使って公開し始めたのです。
その後26歳のときには日本に帰国し
演奏は続けつつも、留学時代に独学で学んだWebサイトの制作スキルをいかして
フリーランスでWebサイト制作をはじめたところ、
すぐに仕事が増えていき、人を雇うことになったのをきっかけに株式会社化しました。
そこで中小企業のWebサイトや印刷物のデザインを受注しながら
音楽界にも貢献したいということで
「演奏会のチラシ屋さん」というサービスをはじめ、演奏会のチラシを専門につくるサービスをはじめたのです。
それと同時に演奏会の現場を理解していなければ良いサービスは提供できないということでコンサートの企画開催もスタートさせ、現在はこちらの2つの事業が私たちのメイン業務となっています。
そんな中で、1つ自分の中に見えてきたこと・・・。
それは「子どもたちに豊かな日本をつなぎたい」という思いでした。
出産を気に子供の可愛さ、大切さをより実感するようになり、子供に向けた事業を展開するようになりました。
このピアノ教室も、自分が世界で見てきた様々なことを子どもたちに伝える場が欲しい、そしてのびのびと育ってもらえるように気軽に音楽に触れる場を作っていきたいということでスタートさせたのです。
子どもたちの素直な完成に、私なりにイタリアをはじめ世界で見てきた素晴らしい文化芸術を伝えていけたら良いなと考えています。
それは、多くの人ができることではないと思うのです。
私だからこそ伝えられることを大切に、のびのびと感性を伸ばし、自分に自信を持って世界を舞台に羽ばたける心を育てられる教室にしたいとそんなふうに考えています。
現在は、ピアノ教室を運営しながら、チラシをデザインすることもありますし、自社のコンサートでは歌やMCをすることもあり、何者かよくわからないと思いますが、それら全部ひっくるめたのが私であると思っています。